2012年5月15日 (火)

祝 上松町新調地車入魂式・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

GWは、神戸の祭礼と入魂式・地車関連行事の撮影で私を含めスタッフ一同ヘロヘロ・・・・。
その疲れも癒えぬまま、一昨日も『第17回灘のだんじり祭』をはじめ、各地でおこなわれたイベントに東奔西走。

今年は、特に入魂式・御披露目曳行の類が多いようで、今から楽しみな半面、日曜日ぐらいはお昼まで爆睡してみたいなぁーと思うこともしばしば。

そんなこんなで、今日の『だん通 eo SE』は、先日5月5日(土・祝)におこなわれた岸和田市南掃守地区 上松町の新調地車入魂式の模様をお届けしませう。

この程完成した上松町の新調地車は、岸和田市の《大下工務店》大下孝治 匠の手による、大屋根切妻造りの『岸和田型』地車。
全高3810mm、台木の全長4210mm、大屋根全幅2470mmと、近年新調された地車の中でも大型とはいえないが、バランスが良いためか、サイズよりも一回り大きく見えます。
彫物は、4月より《木下彫刻工芸》の代表に就任した木下健司 師が責任者となり、初めて世に送り出した地車で、師の「出世地車」と言っても過言ではありません。
また、一門の《賢申堂》河合申仁 師が、右の土呂幕や見送り内の馬乗りを刻んでいます。

入魂式当日は、午前3時30分に《大下工務店》の作業場のシャッターが 開けられ、上松町新調委員会に地車が引き渡されました。
午前4時、町内に向け曳行開始。

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同工務店から町内までは、徒歩で30分くらいの距離。
曳き綱を握る子供や青年団をはじめ、各団体、老いも若きも誰しもが、新調地車の完成に喜びをかみしめているのか、いささか緊張した面持ち・・・・

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同市野田町・別所町などを通り抜け、町内に到着したころには緊張の糸も解け、曳き手の顔にも笑みが・・・・。
神事のおこなわれる上松菅原神社には、およそ30分で無事到着。

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神事も滞りなく終了し、午前6時、いよいよ御披露目曳行がスタート。
御披露目曳行は、山下・下松・西之内・八阪の南掃守地区北部地域をまわるコース。
上松菅原神社を出発し、まずは山下町へ・・・・。

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大阪和泉線南線(通称:13号線)上松南交差点では、この地車で初めての「やりまわし」。
多くの見物人が見守る中、朝日を浴びながら、なかなかのスピード。

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お次は、南掃守地区パレードコースのメインでもある、下松駅前の交差点。
ここでも難なく豪快な「やりまわし」を決め、沿道からは大きな歓声も・・・・。
駅前では、御披露目曳行で行くことのできなかった福田・尾生・中尾生の各町青年団がお祝いに駆け付け、御披露目曳行に華を添えました(写真が無いのが残念)。

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阪和線の隧道をくぐり、下松・西之町方面へ・・・・。

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西之内では、コマが割れるという思いもよらぬアクシデントに見舞われたものの、予定から約40分遅れで町内の原代広場の式典会場に到着。

式典が始まるまでに、間近で地車を見ようと詰めかけた地車ファンで会場内はごった返し・・・・。

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たまたま、会場内で日ごろから何かとお世話になっている木下健司 師を発見。
「はじめて彫物責任者として地車を送り出した感想は・・・・?」との問いかけに、「まだ式典もあるし、実感わかへんなぁ~」と少々緊張気味の返答。

間もなくして式典が始まるとのことで、私は早々に撤収・・・・。
ふと目に留まったのが、「上松町 地車新調入魂式」と記された幟旗をあしらったテーブルの上に置かれた箸袋。
なかなかの粋な計らいに、持ち帰った招待客も多かったとか・・・・?

上松町にとっては、三代目となるこの新調地車。
幾久しく、無事安全曳行されます事を願いながら、上松の地をあとにしました。
上松町の皆さん、この度はおめでとうございました。

2012年5月11日 (金)

桜の季節に太鼓の音高らかに、蒲生聖賢 太鼓新調記念地車曳行・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

今朝、神戸の兄貴分Y氏からの電話。
内容は、太鼓のことについてあれやこれや・・・・。

私は子供の頃に地車の太鼓を叩いたくらいで、はたまた太鼓屋さんでもないので、太鼓のことに関してはさほど詳しくはありません。
ちなみに、このサイト『だんじり eo SE』の姉妹サイト ケータイ版『だんじり』では、「太鼓Q&A」を好評配信中sign01
石川県白山市の浅野太鼓の十八代当主 浅野恭央 匠が、創業以来400年に渡り培われてきた匠の技を集結し、質問に答えてくれます。
太鼓に興味のある方、太鼓のことをもっとよく知りたい方、一度質問してみてはいかがでしょうか。
まずは、画面右上のQRコードからアクセスsign03

さて、今日の『だんじり通信 eo SE』は、太鼓のことに触れたので、4月14日(土)におこなわれた大阪市城東区 蒲生聖賢の大太鼓新調奉告祭・御披露目地車曳行の模様をお届けしましょう。

12051110その10日ほど前のこと、私の友人でありビデオ撮影の先生である堺在住のY君から一通のメールが届きました。
共通の友人、鶴見区在住のS君が撮った写真が添付されており、そこには「 聖賢 若宮・・・・」と記された一枚の看板が。
例年4月の中旬の日曜日には、若宮八幡大神宮の春祭りで子供地車が曳行されるこの地域。
今年は、二日間曳行されるのかと思ったものの、なんとなく気になり、看板に記されていたURLにパソコンからアクセス。
表示されたのは、『聖賢若宮だんじり』のHP。

そのHPには、春祭りの前日、4月14日(土)に大太鼓新調の御披露目と夏・秋の祭礼時に曳き出されている大だんじり、通称 蒲生聖賢の地車が曳行されるのだとか。

地車の新調・修理完成で御披露目曳行がおこなわれることはあっても、太鼓の新調での御披露目曳行は、事のほか稀・・・・。

久しぶりに聖賢の地車をじっくり見れるチャンス、「看板を見つけた友人のS君、えらいsign01」と思ったものの、この日はプライベートな予定がビッシリ・・・・。

残念無念と思いながら、友人のN君に事の次第を話したところ、「ビデオと写真撮ってきましょか、僕も見たいんで・・・・」との返事。
「ほなら、たのんまっさぁ~sign03」と、無理をお願い・・・・。

そんなこんなで、4月14日(土)お昼12時から若宮八幡大神宮で大太鼓新調完成を神様に報告する『奉告祭』の神事がおこなわれ、午後1時から町内を太鼓の音高らかに御披露目曳行がおこなわれました。

神事がおこなわれた後、神社ななめ向かいの地車小屋で、新調された大太鼓、鉦や小太鼓が手際よく積み込まれ、準備万端。
大屋根の軒下に取り付けられた行燈には、「大太鼓新調記念」の文字が・・・・。

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予定より少し遅れて、午後1時過ぎに曳行スタート。
祭りさながらに祭り装束に身を包んだ子供からお年寄りらに曳かれ、大阪の下町情緒が今なお残る蒲生の町を、鉦・太鼓の音を響かせながら地車はゆっくりと進んで行きます。

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途中の公園では、桜の花の木の下に地車を停め、一同そろって記念撮影。
桜の花に地車も、なかなかのシチュエーション・・・・。

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その後も、夕刻まで蒲生の地に地車囃子が鳴り響いていたそうです。

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ちなみにこの大太鼓を製作したのは、京都の三浦太幸堂。
私の住む泉州地域でも少しは知られた太鼓屋さん。
だんじり囃子好きのN君は、「なかなかエエ音でしたよ・・・」と御満悦な様子でした・・・・。

ほな、今日はこれまで、さいなら・・・・。

 

2012年5月 8日 (火)

悲願の地車購入。尼崎市 新三和 購入地車入魂式・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

神戸の春まつり終了とともに、GWも終わり、「あぁ~、会社行くのイヤゃ~」とか、「学校やめるぅ~」なんていう『五月病』の症状が出ている方もおられるのでは・・・・?
そんな方は、地車を見てリフレッシュsign01
今月は、地車関連のイベントが目白押しsign03
13日(日)には『守口だんじり祭』や『灘のだんじり祭』、20日(日)は奈良県橿原市の『六斉市』に城東区でも何やら動きがある様子・・・・。
神戸も、東灘区東明・上石屋・浜石屋などは5月26・27日(土・日)が祭礼。
今月は、まだまだなんやかんやとあるみたいで、私ら『だんじり eo SE』撮影部隊も休日返上の撮影行脚。
私自信が、「撮影なんてやだっsign01」っていう具合になりそうですわぁ~・・・・(笑)。

さて、今日の『だんじり通信 eo SE』は、GW中におこなわれた入魂式の中から、尼崎市貴布禰地区 新三和の入魂式の模様をお届けしましょう。

4月29日(日・祝)、朝から晴れ渡る絶好の天気のもと、尼崎市貴布禰地区 新三和では、新たに購入した地車の入魂式お披露目曳行が盛大におこなわれました。
堺市鳳地区 石橋の地車新調にともない売りに出されていた地車を縁あって購入。
一昨年に、個人所有であった地車を、所有者に返却以来、祭礼時には築地地区本三の地車を借り受けての祭礼。
ようやく念願がかない、新たな地車での再スタートの日を迎えました。

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私が神社に到着した頃には、飾り付けされた地車が拝殿前に留め置かれていました。
神事・式典は午前9時からの予定。
8時40分ころ、新三和の地車は一旦神社をあとに、祭礼時に「山合わせ」がおこなわれる神社西側へ移動。

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そこには、中在家・東櫻木の地車が待機中。
露払いを務めるかのように、二台の地車の後を貴布禰神社へ。
新調された纏を先頭に、多くの子供らが曳き綱を持ち、誰しもの顔には満面の笑みが・・・・。

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新三和の地車が宮入りする頃、境内には北出屋敷を除く貴布禰の地車が全て勢ぞろいしお出迎え。
晴れの日に相応しく、入魂式に彩りを添えているよう。

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9時すぎから、拝殿で神事が始まりました。
その後、境内におかれた地車の前でお祓いがおこなわれ、神事は滞りなく終了。

続いて式典が始まり、来賓の挨拶・・・・。
なんと、3年ほど前から、同市御園町に住んでいるという衆議院議員の田中康夫 先生もお祝いに駆け付け、祝辞を述べられました。

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印象的だったのが、貴布禰神社の宮司さんのお話し。
地車を失い、新三和から相談を受け、新三和の面々と共に考え、ようやく新たな地車購入にたどり着いたことなど、宮司さんとて感無量と言った感じ。
新三和の方々の苦悩の日々が伺い知れるようでした・・・・。

また、この程、尼崎名物の『山合わせ』に対応できるよう地車に改修を施した《大下工務店》大下孝治 匠も列席。
「はじめて尼崎の地車をさわらせていただき、いい勉強になりました」と、心境を述べられました。
同工務店では、お隣の築地地区 小嶋の地車を現在修理中。新三和での経験を、小嶋の地車にも注ぎ込まれることでしょう。

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その後は、鏡開き。新三和の相談役 井ノ上氏の発声で、一同乾杯。
餅まきもおこなわれ、神社境内も和気あいあいとした雰囲気。

10時を前に神事・式典は無事終了。
そして、いよいよお披露目曳行のスタート。

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新三和を先頭に、中在家・東櫻木・西町の地車が貴布禰神社から築地地区各町の地車小屋へ向けて曳行開始。
途中、中在家は帰町し、築地へは三台で・・・・。

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築地では、各町が地車小屋を開けてお出迎え。
それぞれの地車の前では「手打ち」がおこなわれ、日ごろ顔を合わせることのない両地区の地車が一堂に会して、この良き日に華を添えました。

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築地からは、新三和・西町の二台で、帰路に・・・・。
途中、昼食をはさみ、新三和商店街などの貴布禰神社氏地内を夕刻までお披露目曳行。

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私 だん馬鹿さんは、同日新調地車の試験曳きがおこなわれている神戸市住吉地区 呉田へ中抜けで見学に・・・・。
夕刻の小屋入れ前には、貴布禰に戻って来るつもりが、会えなく神戸で沈没するはめに・・・・。

最後までお披露目曳行を見とどけることはできませんでしたが、老若男女、新三和の方々の満面の笑みが印象的でした。
末永く、無事安全に曳行されますことを願いながら、この度はおめでとうございました。

十数年来、お付き合いさせていただいている、新三和のO君、お疲れさまでした・・・・。

なお、ケータイサイト『だんじり』では、本日、新三和地車の彫物図柄など、詳細データをアップしています。こちらも合わせてご覧くださいsign01
まずは、画面右上のQRコードへアクセスsign03

2012年5月 4日 (金)

誉れ高き名地車、堺市大庭寺へ・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

5月4日(金・祝)、いかがお過ごしでしょうか?
2日(水)から始まった神戸春のだんじり祭。
2日はあいにくの空模様で、兵庫区和田宮・灘区五毛天神(河内國魂神社)の地車曳行は中止。
3日(木・祝)は、天気も少し持ち直し、祭礼は無事終了・・・・?

ちなみに、今回のブログは2日24時をまわってから書き始めています・・・・(笑)。
3日からは撮影に大忙しで、神戸からの帰宅も夜遅く、リアルタイムなものは、たぶん書くことはできないでしょうし・・・・(御容赦あれsign01)。

そんなこんなで、本日の『だん通 eo SE』は、4月29日(日・祝)におこなわれた堺市美福連合 大庭寺の購入地車の入魂式・お披露目曳行の模様をお伝えしましょう。

大庭寺は、岸和田市旧市地区 大工町より『岸和田型』地車を譲り受けての入魂式。
大工町は、大正12年8月にこの地車を新調。
製作大工は、《朝市》こと 朝代市松。
彫物師は、神奈川県横浜より来岸した関東の宮彫師 一元林峰をはじめ、森晴秋、佐生武ノ輔など。

昨年11月3日におこなわれた大工町での昇魂式の後、堺市草部の《小松工務店》小松宏行 匠の手で修理がおこなわれました。
彫物の修復などは、《松本彫刻》松本幸規 師の手でおこなわれ、新調された鬼板の獅噛みや番号持ちは、師の弟子である町内の山中久史 師の作品。
なお、番持ちの「弁財天」は、村社 厳島神社の御神体(多治速比売神社に合祀されているのか?・・・未確認)。

入魂式に先立ち、4月1日(日)に修理が完成し町内へ搬入。
同日には町内で試験曳きがおこなわれ、4月29日の大安吉日、晴れの日を迎えました。

午前5時50分、町内の自治会館をスタート。
番持ちの「弁財天」が手に持つ琵琶をかたどった纏を先頭に、神事がおこなわれる多治速比売神社に向け曳行開始。

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青年団をはじめ、後テコ、町内役員の方々の顔にも緊張の色はあるものの、一同、この日を迎えることができ晴れ晴れとした表情。

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6時30分には、神社下の荒山公園内を通り、宮入り。
神事を終え、8時前に神社を再スタート。
神社下の宮山台交差点で一発目の「やりまわし」。

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はじめての『岸和田型』地車での「やりまわし」とあって、見物人一同、固唾をのんで見守る中、無事見事な「やりまわし」を披露してくれました。

豊田・三木閉の町内を通りぬけ、一旦町内へ帰町。
しばし休息の後、桃山台の美福連合北周回コースを曳行。

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先代の『折衷型』上地車から、『岸和田型』地車へ移行したてとは思えないほどの見事な「やりまわし」に見物人からも歓声が湧き上がるほど・・・・。

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青年団をはじめ曳き手の誰しも、笑顔あふれんばかり。
生き生きとした表情が印象的でした。

上地車から『岸和田型』地車への移行。
また一台、堺市内から上地車が減ってしまったのは残念でなりませんが、それも時代の流れ・・・・。
私 だん馬鹿さんは、尼崎・神戸での入魂式取材のため、大庭寺の入魂式を見に行くことはできませんでしたが、これからも末永く名地車との誉れ高きこの地車を大切に無事安全に曳行されますことを願っております。
大庭寺の皆さん、入魂式おめでとうございました。

本日の『だん通 eo SE』は、当日撮影に訪れた当社撮影部隊隊長のK君からの聞き取りを元に執筆させて頂きました。
悪しからず、ご了承のほどを・・・・。

2012年5月 1日 (火)

東灘区 呉田の新調地車試験曳きを見てきたどぉー!

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

今日から5月がスタート。
いよいよ明日からは、神戸の春まつりが始まります。
明日5月2日と3日は神戸市兵庫区と灘区、3日から5日は東灘区内各地区において地車が勇壮華麗に曳行されます。

しかし、明日・あさって、天気予報はあいにくの空模様cloudrain
豪華絢爛な飾り幕が取り付けられているためなのか、天候次第では曳行計画の変更・曳行中止・順延される場合もありますので、見に行かれる方は御注意のほどを・・・・。

さて、4月28日(土)からのGW、今日・明日は通常通り仕事の方も多いと思います。
私 だん馬鹿さんは、GWなど関係なしにお仕事・お仕事・・・・(辛)。
28日は、お休みであったものの、自町の地車小屋で朝から午後4時ころまで若頭の面々と共に怪しい作業・・・・(ツイッタ―でも触れましたが)。
日ごろから休みと言えども、何かにつけて地車が私に絡みついてくるような日常。
4月29日・30日は、尼崎・神戸で入魂式の撮影と取材。
我が社モバイルテレビジョン撮影部隊も、両日ともに各地でおこなわれた入魂式や地車関連イベントの撮影に朝から夜まで東奔西走。
その模様は、当サイト『だんじり eo SE』、ケータイサイト『だんじり』の写真・ムービーの各コーナー、もちろん「だんじり通信」でも紹介する予定ですのでお楽しみに・・・・sign01

さてさて、GW前半戦の注目は、なんと言っても神戸市東灘区 呉田の新調地車。
本年の新調地車一番乗り・・・・。
製作されたのは、もちろん外ゴマの『神戸型』地車。
『神戸型』地車本来の「神楽造り」でなかったのは、残念ですが・・・・。

製作にあたったのは、兵庫県神崎郡の宮大工 青木繁一・青木 剛 匠の親子。
彫物は、大阪府松原市の《高橋商店》高橋達也・高橋孔明 師の、これまた親子の手によるもの。
当初、製作は神戸在住の平間利夫 匠の手によりおこなわれる予定でしたが、平成22年の平間 匠の突然の死去に伴い、急遽、青木親子に変更。

本住吉神社境内の作業場で組み立てられていましたが、なかなか情報すら漏れて来ず、どんな案配なのかは秘密のベールに包まれたまま。
あちらこちらの掲示板などでは、完成も危ぶまれているなどの書き込みがあったほど・・・・(そんなわけないやろけど)。
4月中旬に発行された祭礼パンフレット『兎原だんじりかわら版』には上棟式の様子、彫物、飾り幕の写真が掲載され、着々と完成に近づいているようでした。

そして、4月29日(日)、好天に恵まれ、神事・お披露目を兼ねた試験曳きがおこなわれました。

私 だん馬鹿さんは、友人から案内状をいただいていたため尼崎市貴布禰地区 新三和の入魂式へ。
新三和のお披露目曳行の撮影を中抜けし、午後1時30分くらいに呉田へ到着。
真新しい地車は、ちょうど呉田の町内を曳行中。

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灘区畑原に売却された先代地車よりも、ひとまわり、ふたまわり、大きくなっているよう。
本体の大きさ、巨大な「獅噛み」・「懸魚」などに暫し唖然・・・・。
特に、屋根廻りが、重厚に感じられました。

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辻辻では、前を持ちあげ方向転換。
しかし、黒檀などの唐木がふんだんに使われていることもあってか、なかなか持ち上げられず、方向転換にも四苦八苦している様子。
これも大型化された影響か、はたまた、慣れぬ地車のための仕業か・・・・?

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午前10時過ぎに本住吉神社を出発し、国道43号線の南北に広がる町内を曳行し午後5時前には神社境内の地車小屋に入庫と聞いていましたが、曳行スケジュールも大幅に遅れている様子。

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国道43号線呉田交差点角の呉田会館前に午後2時過ぎに到着。予定よりも1時間遅れとのこと。
会館前で、「しゃぁーんとせぇー」掛け声で、前を大きく差し上げました。
「これぞ神戸の勇壮さ」そのもの・・・・(どうなるものかと思いましたが)。

国道を北へ渡り、本住吉神社へ続く参道の坂道をゆっくりと地車は進んで行きます。

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途中、阪神住吉駅の高架では、弓張提灯を付けた「山形」を取り外しガードをくぐり抜けました。

更に、坂を登り、茶屋区のあたりにさしかかったところで向きを西に変えました。
その後、南下し再び呉田の町内にある御旅所まで曳行とこ事でしたが、茶屋区の会館前でしばし休憩。

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予定を変更し、午後3時15分に再スタート。

3時30分には、本住吉神社前に到着。
国道2号線を渡り、神社境内へ・・・・。

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ところが、参道に車が駐車中のために境内に入ることができず、暫し鳥居のところで立ち往生。
ようやく、自動車が排除された後、鳥居から本殿前を「飛ばせ、戻せ」。

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本殿前では、前を持ちあげ「練り廻し」。
しかし、巨大な地車、なかなか練り廻すこともできず、これまた四苦八苦・・・・。
祭礼本番では、曳き手の数も増え、このようなことは無いでしょうが・・・・?

その後、地車小屋前へ移動。
多くの地車ファンが見守る中、試験曳きも無事終了しました。

本住吉神社の祭礼は、5月4日・5日(金・土)の両日。
本番では、勇壮華麗な「練り廻し」を披露してくれることでしょう。
呉田の皆さん、新調おめでとうございました。

時おり、大規模な修理・改修、飾り幕の新調はおこなわれるものの、なかなか新調地車にはお目にかかれない神戸。
近年、同じ本住吉神社氏子 某区の新調も噂される中、産声を上げた呉田の新調地車。
GWは、東灘区住吉の地を訪れてみてはいかがでしょうか。

では、また・・・・。

2012年4月27日 (金)

GWは地車三昧、有意義にお過ごし下さい・・・・!

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

いよいよ明日から待望のGW。
世間様は、長期休暇に浮かれているのでしょうが、私たち『だんじり eo SE』撮影部隊は、GW期間中におこなわれる入魂式やイベント、神戸の春まつりの撮影に猫の手も借りたいほど。
今年も『GW ニューカレドニア ダイビングの旅 10日間』は、夢のまた夢・・・・(笑)。
よくテレビで海外へ出かける家族連れが映し出されていますが、小学生のガキんちょが「今年はヨーロツパへ・・・」などとインタビューに笑顔で答えているのに、腹立たしさとともに嫌悪感さえ感じるのは私だけなんでしょうか?
「ろくな大人に育たんぞsign01」と思いつつ、50歳を前にして飛行機にさえ乗ったことのない、だん馬鹿さんなのです・・・・。

さて、このGW、神戸の春まつりはもちろんのこと、あちらこちらで入魂式・イベントが目白押し。
ケータイ版『だんじり』では、「行事カレンダー」で入魂式・イベント情報を配信中sign01
その詳細は、ケータイサイト『だんじり』でご覧いただくとして、今日の『だん通 eo SE』は大盤振る舞いでそれら入魂式を一挙に御紹介。

★4月29日(日・祝)
◇ 神戸市東灘区住吉地区 呉田 新調地車入魂式
  製作は、兵庫県神崎郡の宮大工 青木繁一・青木 剛 匠の親子。彫物は、松原市の《高橋商店》。

◇ 堺市美福連合 大庭寺 購入地車入魂式 
  岸和田市旧市地区 大工町より、『岸和田型』地車を購入。
  堺市草部の《小松工務店》で修理され、4月1日(日)に町内搬入。同日、町内で試験曳きがおこなわれました。

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◇ 尼崎市貴布禰地区 新三和 購入地車入魂式
  堺市鳳地区 石橋より、『住吉型』地車を購入。
  岸和田市の《大下工務店》で改修され、4月1日(日)に貴布禰神社境内の地車小屋に納められました。

◇ 東大阪市『布施地区連合地車パレード』
    同市足代・永和・岸田堂・大蓮・横沼・森河内新地の6台が参加予定。

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◇東大阪市『長瀬地区地車パレード』
  大蓮・柏田・衣摺・北蛇草・横沼・長瀬・弥刀の7台が参加予定。

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★4月30日(月・振休)
◇ 神戸市灘区 畑原 購入地車御披露目会
  神戸市東灘区住吉地区 呉田より『神戸型』地車を購入。
  昨年7月10日(日)に曳行にて町内搬入。4月1日(日)には、清祓い式・試験曳きがおこなわれました。

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◇ 羽曳野市誉田 鍛冶町 修理完成入魂式
  岸和田市の《北本工務店》で修理。
  4月8日(日)に、誉田八幡宮境内の地車小屋に納められました。

★5月3日(木・祝)
◇ 柏原市 大正西町 修理完成入魂式
  岸和田市の《大下工務店》で修理。欠損していた彫刻は、《辰美工芸》にて新調。
  3月24日(土)に町内搬入。

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★5月5日(土・祝)
◇ 岸和田市南掃守地区 上松町 新調地車入魂式
  製作は岸和田市の《大下工務店》大下孝治。彫物は、《木下彫刻工芸》木下健司 師。

◇ 藤井寺市 大井 購入地車入魂式
  堺市美福連合 大庭寺より『折衷型』地車(元々は『大阪型』)を購入。
  堺市草部の《小松工務店》で修理され、1月8日(日)に町内搬入。

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◇ 岸和田市旧市地区 別所町 修理完成入魂式
  岸和田市の《植山工務店》で修理。
  入魂式の詳細などは、情報未入手。

上記の他にも、GW中に『子供の日』のイベントとして、町内の子供らを対象に「鳴り物体験会」などをおこなう町もチラホラ。
また、地車の新調にともない『原木祭』をおこなう町も・・・・。

ケータイサイト『だんじり』では、どこよりも正確にをもっとうに『行事カレンダー』を随時更新中sign01
次回の『行事カレンダー』更新は、4月30日(月・振休)を予定。

まずは、画面右上のQRコードにアクセスsign01
GWは地車三昧、有意義にお過ごし下さいsign03

では、また・・・・。

2012年4月24日 (火)

日本で一番早い地車の曳行がおこなわれる祭り、『徐福花冠祭』・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

いよいよGW目前。
GWは、今年も神戸のだんじり祭。
奥様から「また、神戸ぇ~」、子供らからは「どっかちゃうとこ連れってやぁ~」と言われている方も多いのでは・・・・?
ちなみに私は、「この週末から10連休で、今年はサイパンでダイビング・・・」なんて真っ赤なウソぉー
神戸の祭礼・入魂式の撮影・「だん通」の更新などなど、休む間もなし・・・・(辛)。
今年もだんじり三昧のGWになるのでしょう。

さて、今日の『だんじり通信 eo SE』は、前回に引き続き、日本で一番早い地車の曳行がおこなわれる祭り、鹿児島県いちき串木野市 冠嶽山鎭国寺の『徐福花冠祭』の御紹介です。

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例年4月の第二日曜日とその前日におこなわれるこの祭り。
昨年は東日本大震災の被災者への配慮から、残念ながら中止。
今年は4月7・8日(土・日)におこなわれました。
我が社 モバイルテレビジョン撮影部隊 隊長のK君率いる4名は土曜日の夜、大阪をスタート。
鹿児島までの片道およそ1000キロを約10時間で走破。

早朝に現地に無事到着したらしく、この日、奈良県葛城市 太田の地車修理完成入魂式を取材中の私の元へ電話。
危惧していた天気も快晴。朝から夏を思わせる汗ばむ陽気とのこと。
「大阪と比べたら、えらい田舎やでぇー」、「馬や牛も参加しての大掛かりな祭りやわぁー」と、夜通し車で走り続けていた割には元気な声。

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ちなみに、前夜祭のおこなわれる土曜日は地車の曳行はおこなわれず、夕方午後5時から冠嶽の中腹にある冠嶽展望公園(徐福公園)を会場とし、石像としては日本一の大きさを誇る徐福像に花でできた冠(花冠)を捧げるところから祭りがスタートするよう・・・・(それで「花冠祭」かぁ~)。
前夜祭では、雅楽や地車囃子・湯神楽の奉納などのほか、アラフォー世代には懐かしく、名曲「ビューティフルサンデー」でお馴染の田中星児withハッピーブリンデンによるコンサートが例年おこなわれているとか。
曳行とまではいかないものの、地車の練り廻しもおこなわれ、日ごろは夕闇と静寂の山里も、年に一度の賑わいに包まれるのだとか。

そして、翌日の日曜日が本祭。
お寺さんのお祭りと言うこともあり、地車の曳行開始前の「出山式」では鎭國寺の住職により御清めの加持がおこなわれ、般若心経が唱えられます。
また、曳行には修験者の方々も参加され、時より法螺貝が吹きならされるようです。

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曳行は午前9時にスタート。
冠嶽(西嶽)の山懐、生福地区を曳行。
地車のほかに、鹿児島大学の留学生による「花みこし」、色とりどりの花々で飾られた花車ならぬ「花牛・花馬」も参加して、大自然に抱かれたこの地を地車はゆっくりと進んで行きます。

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鳴り物は、なんと「天神囃子」。
K君曰く、「鹿児島まで来て、天神囃子聞くとは思わへんかったわぁー」と、電話の向こうで苦笑している様子。

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これも、この地車が曳行されていた大阪市都島区都島神社の地車講から伝授されたようで、曳行方法や御祝儀をもらった時も「大阪手打ち(大阪〆)」がおこなわれているそうです。
K君も、「まわりの風景見れへんかったら、鹿児島なんか大阪なんか、わけわからんわー」・・・・。
冠嶽山・都島神社の両地車講の交流が、今日までおこなわれているようで、これも良き地車文化の伝搬が成し得たことなのでしょう。

多くの子供ら、留学生、そして冠嶽山鎭國山地車講をはじめ、多くの方々の手でおこなわれている「花冠祭」での地車曳行。

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「かんむり嶽ばばあ」と書かれたタスキを掛けた名物おばさんも登場し、我が社撮影隊隊員の一人 高石市在住のT君も一緒に記念撮影。
曳行は夕方までおこなわれたようで、K君率いる御一行4名は、青空に鯉のぼりが泳ぐ、いちき串木野市を午後3時頃あとにしたそうです。

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来年こそは私もと思ったものの、数日後、仕事場を訪れたK君の顔には少々疲れの色が・・・・。
来年、50歳を迎える私には、きつい旅になりそう。
一年間、じっくり考えよぉーっと・・・・。

ほな、今日はこれで・・・・。

2012年4月20日 (金)

だんじり祭の幕開け、鹿児島県いちき串木野市・・・・えっ!?

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

なんやかんやと言うてる間にサクラの花も散ってしまい、今年こそはお花見にと思っていた私も、残念ながら行けず終い・・・・。
サクラの花の下でお弁当を広げ、綺麗どころを侍らせながら一献なんていう妄想いだきながら、今年もまた通勤・移動途中の車窓からのお花見でオシマイ・・・・(笑)。
来年こそはと思いつつ、今日の『だん通 eo SE』の始まりでおます。

あれよあれよで、5月はGW。
いよいよ神戸のだんじり祭も目前。
今年も神戸から地車祭礼シーズンに突入かと言う方は、まだまだ地車マイスターの域にはほど遠し・・・・。

1204201「そんなアホなsign02」と思われる方も多いとは思いますが、去る4月7・8日(土・日)、所は火の国九州、鹿児島県いちき串木野市冠獄山鎭國寺の『徐福花冠祭』で地車の曳行がおこなわれました。

例年4月の第二日曜とその前日におこなわれる同寺院の『徐福花冠祭』。
中国は秦の時代、不老不死の薬草を求め日本へとやって来た徐福が、稲作や五穀を伝えたことに感謝する祭りとして平成13年からおこなわれています。

その祭りで、冠獄山地車講の人たちにより一台の地車が曳行されているのです。
「なんで、鹿児島にだんじりが・・・?」と驚かれた方もおられるでしょうが、実はこの地車、我々地車研究者の間でも近年まで余り知られていなかった存在・・・・。

もともとは、大阪市都島区 都島神社で曳行されていた地車と言われています。
昭和59年1月に、神戸市東灘区御影にある《坊垣醸造合名会社》の先代当主が大阪市浪速区芦原橋の《太鼓正》より購入。社内「垣仙蔵」にて私蔵されていました。
平成7年1月17日に起こった『阪神淡路大震災』により、保管されていた「垣仙蔵」も被災の憂き目に・・・・。
くしくも、明治初頭の『廃仏毀釈』により廃寺となった冠獄山鎭國寺の復興を知ることになった《坊垣醸造合名会社》の現当主が、被災・倒壊した酒蔵などの部材を堂宇の再建に寄進したことが縁で、保管困難となった地車も平成12年に同寺に寄贈されました。

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地車は、江戸末期から明治初期に製作されたと考察できる、腰廻りに8本の柱を配した『擬宝珠勾欄堺型』地車。
堺周辺では、俗に『箱だんじり』地車と呼ばれる地車です。
《坊垣醸造合名会社》先代当主が《太鼓正》より譲り受けた頃に改修されたようで、正面の土呂幕部分は『岸和田型』地車様に「大連子」・「小連子」・「土呂幕」の三段に改造。
台木全体に彫物を施すなどの細工がなされ、同社が製造販売する清酒の商標「戎面(えびすめん)」の名が刻まれた錺金物が台木の木口に今なお残されています。

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我々がこの地車を知るきっかけとなったのは、《太鼓正》のパンフレットに載っていた「戎面」の提灯が吊り下げられたこの地車の写真。
今からかれこれ6・7年前のことでしょうか・・・・?
その頃にはもう、神戸市御影の地を離れ、鹿児島の地に行っていようとは、私のまわりの者、誰ひとりとして知る由はありませんでした。
その存在が判明したのが今から5年ほど前のこと。
友人の一人が鹿児島へ引っ越し、たまたま訪れた串木野でこの地車を発見。
「戎面」の錺金物が、決め手となりました。

1204208そして、当サイトにも日ごろから御協力いただいている宝塚在住のN君が平成21年にいちき串木野市を訪問。
私 だん馬鹿さんも昨年に鹿児島行きを計画したものの、同行予定の兄貴分S氏が奥様に大激怒されたことで計画を断念。
今年こそはと思った矢先、入魂式の撮影が舞い込み、またまた断念。
そして今春、当社モバイルテレビジョン撮影部隊 隊長のK君御一行4名が、遠路 鹿児島の地を訪問してきました。
その模様は、次回の『だん通 eo SE』で詳しく御紹介sign01

ほな、今日はこのへんで・・・・。
乞うご期待sign03

2012年4月17日 (火)

東大阪市長瀬神社 御鎮座百周年記念大祭に思う・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

4月14日・15日の両日、東大阪市衣摺1丁目に鎮座する長瀬神社では御鎮座百周年記念大祭がおこなわれました。

120417明治22年に施行された『町村制』に際し、北蛇草村・南蛇草村・柏田村・衣摺村・大蓮村・吉松新田・金岡新田の7ケ村が合併して長瀬村が誕生。
もとの北蛇草村・柏田村・衣摺村・大蓮村・衣摺村・吉松新田にあった8つの神社を合祀し、長瀬神社として現在の場所に創建されたのが、大正元年12月28日のこと。
歳月は流れ、今年が創建から100年目の記念すべき年。
4月15日、この前の日曜日には、御鎮座百周年を記念して、稚児行列と現在氏地内で曳行されている北蛇草・衣摺・柏田・大蓮・横沼の5台の地車の記念曳行がおこなわれるとのことで、桜の花も咲き誇る青空の元、同神社を訪れました。

長瀬神社に着いたのが午前8時30分すぎ。
神社鳥居の右手にある衣摺の地車小屋は既に開けられ、地車には「祝 長瀬神社御鎮座百周年記念曳行」と記された懸垂幕が取り付けられています。
9時を前に衣摺の地車は小屋から出され、神社鳥居の下に停めおかれました。

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記念曳行は9時30分スタート、各地車が30分間隔で宮入りをおこなうと聞いていましたが、衣摺の場合は宮本でもあるため神社からの曳行開始。

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神社境内は、お稚児さんや親御さんらでいっぱい。
あちらこちらで、着飾ったお稚児さんらと共に記念撮影。
9時を過ぎた頃に、親御さんに手を引かれたお稚児さんらは、拝殿内に入り参拝。
その後、地車の前で集合写真が撮られ、いよいよ記念曳行のが始まりました。

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親御さんらに手をつながれたお稚児さんの後を、地車囃子も高らかに、地車は町内の衣摺公園を目指します。
夏と秋におこなわれる地車の曳行風景とは、また違った風景に少々戸惑いながらも、私 だん馬鹿さんも撮影開始・・・・。

お次は柏田。
お稚児さんらに曳かれた地車が神社北側の参道から宮入り。

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鳥居の手前で曳き綱を切り離し、お稚児さんらは先に参詣。
その後で、地車が鳥居の下に納められました。

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横沼、北蛇草と宮入りは続き、最後は大蓮。
圧巻だったのは、大蓮のお稚児さんの数の多さ。
あとで聞けば、その数100人以上だったとか・・・・。

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私 だん馬鹿さんは、午後からおこなわれる大阪市福島区 海老江八坂神社での「海老江地車見学会」のため、大蓮の宮出を前に長瀬神社をあとに・・・・。

各地車は町内に戻った後、午後3時に長瀬神社の鳥居前に集結。
その後、解散。町内に向け曳行され、長瀬神社御鎮座百周年記念地車曳行も幕を閉じたそうです。

明治39年、時の明治政府により出された「一村一神社」を旨とする『神社整理令』。
それにより、明治から大正にかけ、多くの神社が合祀されました。
大阪府下では明治初期に1900社を超える神社が、施行後には665社に激減。
私の住む泉州地域(和泉国)では、725社がなんと108社になったと云います。

合祀により、先祖の時代から受け継がれてきたその村々の農村儀礼、多くの民俗行事が姿を消してしまっているにも関わらず、今日まで地車が各地で曳行され続けていることは、氏子意識の低下が叫ばれる昨今においても、喜ばしい限り。
氏子意識高揚のためにも、今回のような稚児行列や地車の記念曳行をおこなうのも良いのでは?。
地車祭礼文化を、地域交流のイベントや「人寄せパンダ」にしてしまわないためにも・・・・。

ほな、今日はこのへんで・・・・。

2012年4月13日 (金)

サクラ咲き、奈良で二台の入魂式・・・・

どもぉー、だん馬鹿ですpaper

サクラの花cherryblossomは、そろそろ散り始め。
今週末に花見に出かけられる方も多いのでは?
しかし、今夜あたりからは雨が降るとの天気予報。rain
日曜日には天気も持ち直し、花見日和になるんだとか・・・・。
舞い散るサクラの花の下で、一献傾けるのも日本の風情。bottle
日本に生まれて良かったと思う反面、公園でのどんちゃん騒ぎはどないなものか・・・・。

サクラの花が散れば、お次は新緑の葉桜。bud
時が流れ、来春にはまた花を咲かせ、私たちの目を楽しませてくれることでしょう。

昨日のケータイサイト『だんじり』の元祖「だんじり通信」では、地車彫刻界の第一人者《木下彫刻工芸》の木下賢治師 現役引退のお話しを書きました。

⇒ケータイサイト『だんじり』へは、画面右上のQRコードからアクセスsign03

跡目を長男の健司(たけし)師に譲り、後見的役割に・・・・。
何かにつけ、新旧交代の時は訪れるものの、地車彫刻ファンの一人としては少々寂しい限り。
後継者である新親方の健司師の活躍に期待しながら、今を盛りのサクラの花とオーバーラップさせてしまう、今日のだん馬鹿さんなのです。

さて、少々前振りが長くなってしまいましたが、今日の『だん通 eo SE』は、この前の日曜日におこなわれた入魂式の模様をお伝えしましょう。

4月8日(日)、奈良県広陵町箸尾地区 南と、同県葛城市 太田の二台の地車の修理が完成し、入魂式がおこなわれました。

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ともに、日本最古の宮大工《金剛組》にて修理がおこなわれました。

広陵町箸尾地区 は、部材の一部交換、本体の洗い・締め直しなどがおこなわれました。
屋根を除く本体部分は事前に町内に搬入されていましたが、屋根は当日に搬入され、取り付け後に神事がおこなわれました。

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地車研究者の間でも、謎の多い『広陵型』の地車。
地車研究者の一人として、新調年や大工棟梁などの記された棟札などが出てくるかと期待してたのですが、残念ながら発見には至らず。

当日は、神事のみで、お披露目曳行はおこなわれませんでした。
例年10月31日、11月1日におこなわれる櫛玉比女命神社の『戸たて祭り』までには、飾り幕も新調されるとか。
装いも新たになった南の地車。今年秋の晴れの日が待ち遠しい限りです。

もう一台は、同県葛城市 太田
この地車は、明治期に製作されたと考えられている『岸和田型』地車。
製作大工は不明ですが、彫物は《彫又》一門の作。
もともとは、岸和田市内畑町の一字が所有していたものとされ、泉大津市南曽根・泉大津市二田・泉大津市池園町で曳行された後、岸和田市在住の地車研究家の元で保管されていました。
その後、平成21年に《金剛組》を通じ太田が購入。
この時、担い棒(肩背棒)が取り付けられ、『上地車』風に改修されています。

今回の修理では、台木・ネコ木などを新調。
屋根の補修や本体の締め直し・洗いもおこなわれたようです。

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4月1日(日)に町内に搬入され、準備万端、この日を迎えました。
当日は、午前9時から神事がおこなわれました。

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お披露目曳行はおこなわれないと聞いていたのですが、往復1000メートル足らずの短い距離でしたが、試験曳きを兼ねて町内を曳行。
澄み渡る青空の元、太鼓の音も高らかになり響いていました。

いずれの地車も新調から相当の歳月を経ている地車。
これまでにも、大なり小なりの修理がおこなわれていればこそ、今日まで曳行され続けているのでしょう。
今後も、町の宝・シンボルとして末永く曳行されます事を願いながら・・・・。

2012年5月

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