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2016年6月

2016年6月30日 (木)

2016年 夏、開幕!…②

 


前回に引き続き、6月26日(日)に行われた夏の開幕を告げる『だんじり行事』をお届け致します。


前回お届けした岸和田市の南上町からぶーんと北へ上がりまして、ここは大阪市内

とは言っても、大阪市内の中でも最も東の端っこ、鶴見区は『浜』という地域であります。

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ここ鶴見区『浜』の氏神である古宮神社の夏祭は、毎年6月最終の土日に行われる事から、一部の祭り好きの間では『愛染さんより早い大阪夏祭』と言われております。

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だんじりはご覧のとおり、やや簡素な造りのだんじりでありますが、大阪名物『天満系』のお囃子を打ち鳴らしながら、ご祝儀を頂戴した時の『大阪手打ち』の前には、必ずマイクで口上を述べてから打つなど、なかなか情緒満点の曳行が繰り広げられます。

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で、この古宮神社の夏祭を、『大阪夏祭』の開幕とするか否かについては色々と意見の分かれるところではあるのです。

まず、ここ古都神社は、確かに大阪市内ではありますが、かつては『摂津國』ではなく『北河内郡』に属するため、ちょっと『浪花』とは呼びがたいのであります。

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前のブログでも触れた『愛染さんに始まって住吉さんに終わる』(今年2回目)のは、あくまで浪花に於ける夏祭のことを指しているので、現在の大阪市とは少々ズレが生じるのです。


まぁでも、現代の目から見れば、大阪市内のだんじりで、『ヂキヂンコンコン』のいわゆる『天満系』の囃子を打つのですから、『大阪夏祭』の一つと数えるのに抵抗はないかも知れません。

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また夏祭の意味合いとして最も大きな『夏越の祓い』として、ここ古宮神社の境内にも大きな『茅の輪』が設置される事から、やはりこれは夏祭に違いないのでありましょう。

つまり、ここ鶴見区『浜』の夏祭こそが、『夏祭』としてのトップバッターであると言って良いのではないですかね?


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まぁこれだけ書いておいて、また来年のこの時期になったら、同じようなことを書くんだろうな・・・て思いますけどね。

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とゆーわけで、本日6月30日からはその『愛染さん』。

いよいよ夏祭シーズン到来です。

7月に入り、今週末には平野区で『杭全神社夏祭』に向けて9台のだんじりの試験曳きも行われます。

しばらくの間は、夏祭、夏祭、夏祭の話題で持ちきりになりますよ~!


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では今週はここまで。


2016年6月28日 (火)

2016年 夏、開幕!…①



先日テレビ朝日系列で放送された『しくじり先生・3時間スペシャル』でも、内山くんが『今年の夏は人類史上最も暑い夏になる』と言ってましたね!

関西では例年に比べて雨の多い梅雨で、雨の日は涼しいのですが、いざ晴れ間が広がると、今年の夏を予言するかのような暑さになります。


迫り来る強烈な夏に向けて、皆さん覚悟は出来てますか?


今週はそんな強烈な夏に立ち向かうべく、6月26日(日)に行われた、夏の開幕を告げる『だんじり行事』のうち、こちらを紹介します。



まず前半はこちらから。





岸和田市・旧市地区南上町、《植山工務店》での修復を終えまして、入魂式が行われました。

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今年の2月14日(日)に町内にて抜魂式が行われ、工務店へと搬入。
修復作業に入りまして、このほど完了。

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午前5時すぎ、《植山工務店》の作業場に、南上町の各祭礼団体が正装にて集まり、化粧を施しただんじりを表へと曳き出しました。

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そして午前6時に出発

工務店の作業場が同じ南上町の2丁目にあるということで、いわゆる『移動曳行』という形で1丁目の会館まで曳いて帰ります。

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前の週の6月19日(日)に行われた南町の入魂式と規模が違うのは、修復の規模によります。

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さて1丁目の会館にて、岸城神社より神職を招いての入魂式

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ご存知、昭和32年に同じ岸和田の中北町が新調した、中北町の先代だんじりであります。

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大工は天野藤一、彫師は木下舜次郎を責任者に、金光南陽、松田正幸、筒井和男といった顔ぶれで、正面土呂幕に彫られた『秀吉の香炉を盗む石川五右衛門』の場面は、このだんじりrの看板的彫物であり、また中北町の現だんじりにも受け継がれている図柄です。

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このだんじりの修復の様子や正面土呂幕の彫物に関しては、『ケータイサイト・だんじり』の方のブログで詳しく書かせて頂きました。


今回の修復は、平成18年に南上町がこのだんじりを購入し、翌19年に念願の旧市参入を果たして以降、初めて工務店へ搬入しての修復となりました。

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さて入魂式の後はごく簡単にではありますが、お披露目曳行。

南上町のメインストリートを往復して、無事に小屋へと納められました。


南上町の皆さん、この度はおめでとうございます。

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さて後半戦は舞台を岸和田から大阪市内に移してご紹介しますよ!




(次回に続く)



2016年6月24日 (金)

コナカラ坂を上がっての入魂式は2年ぶり…②




前回に引き続き、岸和田市南町の入魂式の模様をお届けします。

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ケータイサイトの方の動画はご覧頂けましたか?



先代だんじりの昭和58年以来、正面交差旗や後ろの幟などの装飾品を『白』に戻した南町。

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しかし『入母屋造り』の屋根を冠した現在のだんじりに白の装飾品が取り付けられるのは初めてとあって、誰もがその出で立ちに目を奪われておりますこの日。


午前6時10分ぐらいにコナカラ坂を駆け上がり、お城のお堀端をゆっくりと廻りまして、6時15分頃には岸城神社へと到着いたしました。

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お城をバックにだんじりの写真が撮れるこのスポットも、今や早くからカメラを持った見物人が場所取りをするようになりました。


さて平成7年に新調された南町の現だんじり。

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『平成の新調ブーム』と呼ばれた時代の真っ只中、岸和田の旧市地区では紙屋町、藤井町に続いて3番目の登場となったこのだんじりは、《植山工務店》が岸和田の旧市に送り込んだ渾身の新調だんじりであります。

平成3年に春木宮本町の新調で一躍名を上げた彫師《木彫 岸田》岸田恭司 師の手による正面土呂幕『岸和田大乱戦』は、後世まで語り継がれる名作と言われる、誉れ高い作品。


さてそんな南町のだんじりが、新調から約20年を経たところで装いも新たに入魂式を終えました。

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これからお披露目曳行にて最初に向かうは、岸城神社の『宮三町』が待ち受ける駅前エリア。

そして南町として初めて遣り廻しを行う、ヤングレコード前の交差点であります。

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カメラは駅前から狙っていたのでご覧の通り遠巻きではありますが、初めて行うヤングレコード前の遣り廻しはなかなか見事で、その後のアーケード内を抜けて来る時の怒涛の如き雰囲気は、この日一番の盛り上がりであったでしょう。

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さて駅前にて宮本町の出迎えを受け、その後に駅前を遣り廻し。

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入魂式へ向かう道中は止んでいた雨も、お披露目曳行からまたポツポツと降り出しまして、だんじりの屋根にはシートが・・・


まぁしかし、だんじりを曳き出すまでは
『雨いややなぁ、雨かなんなぁ…』
とボヤいていた参加者も、ホンマにいざ曳き出してしまえば、雨なんか関係あらへんのですな。

青年団も気合いのこもった曳き廻しで塔原線を下り、船津橋、カンカン場、貝源と遣り廻しを決めて行きます。

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紀州街道の『S字』は通らず、らんかん橋から再び塔原線を海手方向へと進んだだんじりは、疎開道から町内へと戻ってきました。

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あとは町内をぐるりと廻りまして、定刻通り、小屋へと納められました。



さぁて、今年は暑い暑い夏となりそうですが、その夏の終わりに、この南町を含めた岸和田のだんじりの出番がやってきます。


それまでしばしの期間、今年の夏を乗り越えましょう!

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南町の皆さん、この度はだんじり修復ならびに入魂式、おめでとうございます。



2016年6月22日 (水)

コナカラ坂を上がっての入魂式は2年ぶり…①

 



九州、特に熊本方面では、いまだ余震の続く中をさらに大雨が襲っています。

反面、関東の利根川水系では深刻な水不足。

願わくば必要な場所に雨が降ることを願いたいものですなぁ・・・




さて今週のブログも雨の日のお話ですが、こちら『eo SE版』のブログでは久方ぶりの『下地車ネタ』をお届けしましょう!



6月19日(日)・・・


岸和田市は『旧市地区』南町のだんじりが、この度《植山工務店》での大修復を完了し、入魂式とお披露目曳行が行われました。

 

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このところずっとね、『下地車ネタ』が枯渇気味だったので、満を持してというか、ここぞとばかり、『下地車』の本場である岸和田の旧市からお届けいたしましょう!


岸和田市をはじめとする泉州各地区での入魂式は、昭和の頃から基本的には早朝に行われることが通例であります。

この日はちょうど明け方頃に、かなりまとまった雨が降りまして、だんじりが小屋を出発する予定の前には、道路はご覧の通りしっとりとウェット。


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近年、遣り廻しを中心とした曳行を行う地域において、雨降りがもたらす遣り廻しへの影響は大きいもので、願わくば良い道路状態で曳きたいというのは、参加する者すべての切実な願いでしょう。

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しかし、現実に道路が濡れてしまったからには、それを悲観してばかりでは居れません!

ももより、いざだんじりを曳き出すとなったら、
『そんなん関係あらへん!』
というのが岸和田ッ子気質。

予定時刻に小屋から曳き出された南町のだんじりは、まずは会館のある場所へと向かって行きました。

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さて、場所はコナカラ坂へと移ります。

時間にして午前6時のちょいと過ぎ。

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ここでの遣り廻し目当ての見物客は、だんじりが町内を出発する場面を敢えて外し、もっと早くから場所押さえをしております。


さぁそこへやって来た南町のだんじり。

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岸城神社での入魂式のため、この坂を駆け上がります!

ご覧の通り、この度の修復にて、前の交差旗ならびに後ろの幟、吊り下げ旗を新調。

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若い世代のだんじりファンの方には、それまでのイメージをガラリと変える、真っ白な交差旗は斬新に映るかも知れませんが、我々オールドファンには懐かしい色なのです。


というのもこの南町は、先代だんじりの頃の昭和58年まで、何を隠そう白の交差旗に白の幟だったのです!


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昭和59年に行われた大修復にて、紺色の交差旗に赤色の幟、紺色の吊り下げ旗に交換され、それは平成7年に完成した現だんじりにも引き継がれて来ました。

それを、実に33年ぶりに、白の交差旗や幟に『戻した』という表現でも良いでしょう、新調交換されたのです。

 

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 岸城神社への道中、後ろは宮入り用のフキチリと赤色の幟で『正装』していますので、入魂式の後で交換するために神社前で待機している後ろ用の幟と吊り下げ旗をパチリ。

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こちら後ろの中央に立てられる吊り下げ旗には、南町のだんじりの正面土呂幕にも彫り込まれている、蛸地蔵の岸和田入道のお姿が描かれてあります。



こうしてコナカラ坂を上がり、岸城神社まで曳いて行っての入魂式は、一昨年の中之濱町以来、2年ぶり。

現在の岸和田市では、大規模な修復のみ申請が認められる形態の入魂式なのです。



さてさて次回は、入魂式後のお披露目曳行の模様をお届けしましょかね!

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ちなみにケータイサイト『だんじり』の方では、この南町の入魂式の模様を動画でご覧頂けます!

小屋出発から全ての遣り廻しを収録してあります。

この機会にもし良ければ、ケータイサイトの方も宜しくお願いします!




(次回に続く)



2016年6月17日 (金)

この梅雨が明けるといよいよ…②



昔から大阪の夏祭は

『愛染さんに始まって住吉さんで終わる』

と言われ、この言葉はワタクシもこの時期になると、必ず2~3回はブログに盛り込むフレーズとなっています。

すでに今回で1回目。
この先まだまだ出てくるよ!

297 ↑平成26年度のポスター



が、しかし!・・・



子供の頃から根っからの『だんじりッ子』であったワタクシは、この言葉に懐疑的でありました。

『だんじりの活躍せーへん愛染さんや住吉さんが、なんで大阪の祭の代表やねん!
オレらから言わせれば、夏祭は平野で始まって尼崎で終わるモンじゃ!』
(尼崎は大阪じゃないけどねー)

と公言してはばからなかったのが、ワタクシの学生時代。

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大人になり、浪速の歴史文化を学習する中で、愛染さんや住吉さんの事も知り、また天神祭を通じて上方文化を学習するにつけ、『上方芸能』と『だんじり文化』の接点にも考えが至るようになり、現在に至るのであります。

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そうして過ごしてきた時間が、今の『信濃屋お半をつくるもの』になっているのであります。



まぁそんな感じで、6月30日の『愛染さん』から開幕した『大阪夏祭』は、鶴見区の『浜』や、平野区の杭全神社でだんじりの登場を迎え、そこで燃え上がった炎は大阪全体へと飛び火するかのように、あちこちで夏祭の日を迎えます。

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これは、現在土曜・日曜に祭礼日を統一してしまった泉州や南河内では、見られなくなった風景なのです。

今でも大阪市内をはじめとする摂津や中河内の地域では、平日でも神社の祭礼日にだんじり曳行を行う地域が根強く残っています。

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そのため、7月の大阪は10日過ぎから25日頃まで、毎日どこかで夏祭が行われるという状態を迎えます。


それらの祭礼の中でも、ワタクシが特筆するぐらい注目な祭礼が、福島区は海老江八坂神社の夏祭であります。

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毎年7月17日・18日の両日にわたり行われるこの祭礼は、今年こそ連休に当たっていますが、平日でもこの日程を動かさないにも関わらず、子供からお年寄りまでが地域をあげて祭に取り組む姿が、我々見る者の目を引きます。

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平野区の杭全神社の夏祭も、9町が固まって組織を作り、今やだんじり界全体にその名を轟かせる存在となっていますが、福島区は海老江の夏祭も、梅田のすぐ西側という都会の片隅で、これほどのだんじり祭が残っているということに、奇跡すら感じてしまうのであります。

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あ、そうそう!


海老江のだんじりが一様に見せる豪快な『担ぎ上げ』ですが、これを地元では『かっせ』と呼んでいます。

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担い棒のことを大阪では『肩背』と呼びますが、この『肩背』が訛ったものなのか、『担ぐ』が訛ったものなのかは定かではありませんが、このだんじりを担ぎ上げるという行為は、単なるパフォーマンスではないのです。


その昔、大阪は『大江戸八百八町』に対して『大坂八百八橋』と呼ばれるほど橋が多く、その橋のほとんどは木で作られた橋でした。

この橋をだんじりがゴロゴロと渡ると橋が傷むとのことで、だんじりを担ぎ上げ、人の足で重さを分散することで橋を傷めずに渡ったという事から、海老江のだんじりの担ぎ上げは、橋を渡る時にだんじり担いで渡った名残りを、今に伝えるものなのであります。

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だから、海老江がだんじりを担ぎ上げる時に打たれるお囃子は、まさに『橋』と呼ばれる曲で、昔はこのお囃子で、だんじりを担いで橋を渡っていたのでありましょう。





・・・とまぁ、本当につらつらと、テーマを決めずに思いつくまま書き綴ってきましたが、結局は何が言いたいのかというと・・・







『もうすぐ夏やなぁ!』


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てゆー事ですわ・・・!



はい、今週はここまで~。


来週もこんな感じでコラム風にかけたらなぁ・・・



2016年6月14日 (火)

この梅雨が明けるといよいよ…①

 


え~っと・・・、時事ネタが乏しい時は、ワタクシのコラム的な内容のブログをお届けする事になっております、こちら『だんじりeo SE』版のブログでございますが・・・


ワタクシは基本的に、何かのテーマに絞って文章を書くよりは、思いつく事を思いつくままに書き綴るのが好きなんであります。

いわゆる『つらつら書き』という手法。


『だんじり界の吉田兼好』を名乗るワタクシ信濃屋が、そんな風につらつらと書き綴るブログも、たまにはあってもよろしいんじゃなくて?・・・



現在は梅雨の真っ只中。
今年の梅雨はコンスタントに雨の降る日があり、例年になく『梅雨らしい梅雨』となっております。

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雨の続く日は気分も伏せがち・・・と、世間ではそう言われておりますが、ワタクシ自身は、この時期の雨は嫌いじゃないのです。

この雨の多い時期があるからこそ、その向こう側に広がる夏の風景が、より光に満ち溢れたものになるんですからね!

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雨期に雨が多いのは、むしろ喜ばしい事なのですよ。



さぁて、そんな梅雨の向こう側に広がる夏の風景は、モチロンだんじりが活躍する風景であります。

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海とか花火大会とか、そんな世間じゃ当たり前の夏の風景など、このワタクシにある訳ないじゃないか!


あるのは『大阪夏祭』をはじめとした、夏のだんじり曳行の数々ですよ!

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もう今月に入ったあたりから、大阪市の平野区『旧・平野郷』一帯では、もう夏祭に向けた準備が本格化しています。

中高生の頃から、毎年見続けてきた風景それは、夏祭に向けて、徐々に空気を高めていく平野の町並み。

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梅雨の間の気温と湿度の上昇に比例して、平野の町並みが祭に向けて加熱してゆくのを感じるのが、ワタクシの子供の頃からの夏の迎え方でした。


現在は平野区の杭全神社の夏祭に向けて、6月の間から様々な行事が行われるようになりました。

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つまり昔は町単位で密かに行われていた『制動テスト』も、今では公に行われるようになり、情報もリークされるようになった現在では、制動テストでさえも遠方から見物人が詰め掛けるようになりました。

そして商店街の中にだんじりを並べて行われるようになった『前夜祭』も、今ではすっかり『祭礼前の風物詩』となりました。

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そんな風にして、夏の空気は徐々に近づいて来ます。

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そして6月末、今年は7月の頭に行われる『試験曳き』で、平野郷9町のだんじりが一斉に動き始めると、もう『大阪夏祭』の開幕です!

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(次回に続く)


2016年6月11日 (土)

出人形式板勾欄から大阪型への改修…②




大阪市平野区細田のだんじりの改修完成に伴う入魂式の模様をお届けしています。

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5月は他にも、和泉市の小田、岸和田市の磯之上町も入魂式が行われましたが、その模様は姉妹サイトである『地車総合ケータイサイトだんじり』の方のブログで紹介しています。

まだケータイサイトの会員ではない皆様、このブログとは違う内容を書いておりますので、よければ是非ケータイサイトの方も宜しくお願い致します。



さて細田のだんじりに話を戻しましょう。

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『出人形式板勾欄住吉型』であっただんじりを、『大阪型』風に改修された今回の修復ですが、この細田の歴史について、ちょいとばかり触れておきましょう。


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細田という地域は元々『加美細田町』と呼ばれていて、現在は大阪市平野区の一部となっている『加美村』の一字であります。

加美村は元々、河内国の渋川郡の五ヶ村のうちの一つで、明治29年に中河内郡となりました。

ゆえに、現在は大阪市ですが、『摂津』ではなく、『河内』なのですね。

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昭和30年に大阪市に編入され、当時は東住吉区の一部となり、昭和49年に平野区が分区され、平野区の一部となっています。

細田の地域はJR大和路線・加美駅のすぐ北側であり、現在の住所は加美東とされています。

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加美村の氏神は正覚寺にある『旭神社』であり、平成4年に和泉市の池上町からこのだんじりを購入した当時は細田のだんじりも『旭神社』を氏神とし、『旭神社』にて入魂式を行い、『旭神社』の祭礼日に曳行していました。


しかし諸事情により現在は氏神をJR加美駅のすぐ東側にある『菅原神社』に変更し、『菅原神社』の祭礼日である7月23・24日に曳行されています。


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さて5月29日(日)の入魂式当日は、だんじり小屋から西へ400メートル程の所にある『加美神明公園』にて入魂式が行われ、和泉市池上町をはじめ、隣接する加美北東、長瀬南大蓮、東住吉区育和などの各町から来賓を招き、盛大にお披露目されました。

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諸事情によりお披露目曳行は行われず、公園から小屋までの移動もお囃子は演奏されず、すこし寂しい部分もありましたが、訪れた人々は生まれ変わっただんじりの姿に喜びとお祝いの意を表していました。

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細田の皆さん、この度はだんじり改修完成、おめでとうございます。


2016年6月10日 (金)

出人形式板勾欄から大阪型への改修…①

 


ついに梅雨入りしましたね。

こんなジメジメした梅雨の時期は、素麺ゆがいて麺つゆに浸して梅雨を乗り切りましょう。




今週のブログは、大阪市平野区で25年にわたり活躍してきただんじりがこのほど改修され、5月29日(日)に入魂式が行われましたので、それをご紹介しましょ!

こちら!

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平野区細田のだんじり

正面から見れば『大阪型』の姿見をしているこのだんじりですが、もとはもっと違う形をしていました。

こちら!

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もとは、『出人形式板勾欄住吉型』やったんです。


ではでは、そんな改修前のお姿を振り返りながら、このだんじりについて触れていきましょか。


製作年代、大工などは不詳とされています。
住吉の名門《大佐》一門の手による可能性もあり、また一説には堺の金田村の大工・河村新吾とも言われていますが、確証はないです。

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彫師は《彫又》三代目・西岡弥三郎の手によるもので、『出人形式板勾欄住吉型』ならではの、見送り三枚板の大ぶりな彫物が目を引くだんじりです。

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和泉市・池上町が、明治43年に同じく和泉市の黒鳥辻小路より購入したもので、池上町の先代だんじり。

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平成4年、池上町の現だんじり新調に伴い、ここ細田のだんじりとして購入され、現在まで活躍してきました。



今回の改修大工は、泉佐野市に作業場を構える《板谷工務店》。

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台木、箱棟を新調交換したほか、出人形式の板勾欄を擬宝珠勾欄に改め、後ろの摺り出し(旗差し)を取り外したことで、『大阪型』風に改修されました。

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改修彫師は《木下彫刻工芸》が担当し、大屋根正面の獅噛み、懸魚、車板、大屋根の虹梁、勾欄廻りを新たに彫り替えられています。

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では次回は、入魂式の模様をお届けしますね。


(次回に続く)


2016年6月 3日 (金)

本住吉神社 二十八代目宮司襲名にだんじり13台がお祝い…④

 


2週にわたってお送りしてきたブログも、いよいよ完結編ですぞ。


お付き合い頂き、ありがとうござんす。




5月22日(日)・・・


午前10時45分頃から始まった本住吉神社への宮入りは、住吉地区の7台が終わり、旧・庄内地区のだんじりを迎え入れます。


その一番目は野寄區から。

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毎年の祭礼に於ける5月5日の宮入りでは、住吉地区に先がけて昼間に庄内地区が宮入りします

その先陣を切って入って来るのがこの野寄區ですから、野寄は実質、毎年の宮入り一番なのですね。

拝殿前では、二十八代目宮司と各區の区長さんがこうして各區のだんじりを出迎えます。

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野寄の後、横屋、西青木、岡本と、庄内地区の宮入りが続きます。

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セミファイナル!

田中區のだんじりが入って来ます。

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田中區は現在、国道2号線沿いにある三王神社を氏神としていますが、もとはここ本住吉神社に合祀されていた時期があり、旧・庄内地区に入ります。

かつては本住吉神社に宮入りしていたとされていますが、この日、本住吉神社へと宮入りしたのは、実に数十年ぶりのことではないでしょうか?


そして最後を飾るは魚崎區のだんじり。

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魚崎八幡神社を氏神とする魚崎區も本住吉神社との関わりがあり、かつては本住吉神社への宮入りをしていたそうです。

今回、田中區と並んで数十年ぶりの本住吉神社への宮入り。

その気合いの入りっぷりは目を見張るものがあり、この『本住吉神社二十八代目宮司襲名記念』に伴う祝賀曳行の最後を飾るにふさわしい、豪壮な宮入りを見せてくれました。

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この宮入り終了の時点で、午後1時。


住吉7台は小屋へと入り、その前のスペースに旧・庄内地区の6台が並んでいます。

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各區とも、神社の境内にてお昼休憩を挟んだ後、午後2時過ぎに神社を出発

出るときは庄内地区から。

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庄内地区の6台は、神社を出て南側の道路に縦一列に並び、続いて出てきた住吉地区を先に通します。

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だんじり同士が横並びになるたびに、屋根ではハタキを持った者同士が触れ合い、盛り上がりを見せます。

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そろそろフィナーレが近づいてきている証拠。



庄内地区を追い越した住吉地区の7台は、朝に庄内地区が越えて来た『反高橋』を臨む場所で待機。

吉田區のだんじりだけが反高橋の上で待機し、見送りの準備は完了です。



そこへ、庄内地区の6台が差しかかり、1台ずつ、お別れの挨拶を交わしながら進んで行きます。

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朝から夕方まで、スペシャルな光景が続きました。

こんな機会もなかなかないでしょう。

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庄内地区の6台は最後、反高橋の上にて吉田區のだんじりに見送られ、それぞれ、各地元へと帰ってゆき、住吉地区の7台は、お見送り終了後、また本住吉神社へと戻って行きました。

 各區とも、もう拝殿前で練り廻す事もなく・・・いや何台かは練り廻して、小屋へと収まりました。


そして茶屋區のだんじりは、また改修作業のため、神社西側の『改修小屋』へと収まり、この日の祝賀行事は、滞りなく無事に終了しました。



いや~、普段の祭礼では見られない光景が目白押しの、本当にスペシャルな1日でした。


あとまぁ、ワタクシ自身も、住之江區の皆さまの温かいお心遣いを頂き、スペシャルな経験をさせて頂きました。

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ホンマに感謝しかありません。

この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

ありがとうございました!



では2週にわたってお送りした話題も、これにて終了~!


2016年6月 2日 (木)

本住吉神社 二十八代目宮司襲名にだんじり13台がお祝い…③

 

 

先にお知らせだけしときます!

当サイトの別コンテンツ『eo関西の祭り』の第7弾!

滋賀県は日吉大社の『山王祭』のリポートと動画がUPされております。

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特に『30分動画』はワタクシ渾身の作品となっております!

是非こちらにアクセスして、お楽しみ下さい!

関西の祭り『山王祭』

 

さぁて・・・ではでは今週も・・・


5月22日(日)に行われた神戸市東灘区・本住吉神社の二十八代目宮司襲名記念の祝賀曳行のリポートです。

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もうええで・・・とか言わない!

盛りだくさんな1日やったんやから、一週では書ききれない。
今週もお付き合い願い給う!


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先週のブログでは、13台のだんじりが御旅公園のグラウンドに横一列にズラリと並んだ光景までをお届けしました。

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時間にして午前10時。


いよいよこれより、新しい宮司さんの待つ本住吉神社へと、13台のだんじりが出発して行きます!

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宮入りの順番はモチロン、宮本である西區からなのですが・・・


御旅公園を一番最初に出発するのは茶屋區のだんじりです。


何故かと言うと・・・



阪神電車の住吉駅前のガードは低くて、ひときわ大型の野寄區と田中區のだんじりはくぐれないので・・・

線路沿いを西側へ迂回し高いガードをくぐるために、地元の地域である茶屋區のだんじりが、道案内のために先導として出発するのですわ。

とゆー訳で、茶屋區に続いて出発するのは野寄區、そして田中區。

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田中區のだんじり、やっぱり別格の大きさですね!
まさに規格外の迫力・・・



田中區の後は通常の宮入り順に、西區から御旅公園を出発。


呉田區の後に横屋、西青木、岡本、魚崎と続きます。

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この日は祭礼ではないという事で、子供達が綱を持つ事もありません。

各區のだんじりは間隔をできるだけ詰めて曳くので、こうしてだんじりが縦一列にズラリと連なる様は、本当にこういう時しか拝めません。

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スペシャルな光景です。



さて時間にして午前10時45分頃。


まずは住吉地区7台の宮入りからスタートです。

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毎年の祭礼では、住吉地区の宮入りは夜の恒例行事
山形提灯にはローソクの灯が入り、夜空に幻想的に浮かび上がるだんじりと、屋根の上で振られる無数のハタキが祭気分を最高潮に盛り上げるのですが、この日はまだ午前中です。

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なので、これも祭礼とは違うスペシャルな光景。


通常の祭礼では、拝殿前で前を3回差し上げ答礼のあと、各區のだんじりはそれこそ『気が済むまで』、あらん限りの力を尽くして練り廻すのですが・・・


この日は後がつかえてますので、3回だけ練り廻して小屋へ入れるという段取り。

それは各區が必ず守る約束という事で、普段は本当に気が済むまで廻し続ける住之江區も、キッチリ3回廻して小屋へ。

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そして、呉田區に続いて、いよいよ旧・庄内地区の宮入りへと移るのですが・・・


それは次回のお楽しみ。


いよいよ完結編を迎えますよ。





(次回に続く)