« 2016年10月 | メイン | 2016年12月 »

2016年11月

2016年11月25日 (金)

響き渡る河内の空に…17台の曳き唄②

 



11月13日(日)に行われた、『河南町町制施行60周年記念曳行』の模様をお届けしてまいります。

243


時間としては、お昼正午に、河南町役場の西側にある広場に17台のだんじりが集合し、午後1時からパレードに出発、サンヨーメディカルを折り返して、午後3時半には元の場所に集合したのち、解散!・・・

というスケジュールであると聞いておりました。

232_2


ので・・・!



朝は比較的ゆっくり。



そりゃね、9月の岸和田祭からこっち、ずっと午前3時だの4時だの・・・そんなのが続いてきたんですよ。

『だんじり in 大阪城』なんか、ワタクシ2日連続午前2時起き・・・

246



あぁ~~ようやく少し時間的に余裕のある時期がやって来たってなモンですよ。


参加する各町のだんじりも、午前11時頃から始まる役場への集合に合わせて、ゆっくり目の出発で良いのです。

247


4月の『宝塚だんじりパレード』や『布施だんじりパレード』、それに11月の『だんじり in 大阪城』もそうですが、ワタクシはこのイベント会場までの集合道中が結構好きなんでね・・・

245


この日も役場へ向けて方々からだんじりが集まって来て、手前の待機場所で時間調整する雰囲気を堪能させてもらいました。

248

だって、普通にワクワクするでしょ?

これから始まるイベントに向けて、すぐ近くまで各町のだんじりがじわじわ集まって来るだけで、否応なしに気分が高まります。

249


それにワタクシ自身が、南河内の秋祭にはなかなか足を運べませんで、この雰囲気を味わうのも久方ぶりなんです。

250



では午前11時を回り、白木の遥拝所にて時間調整していた白木のだんじりから、集合場所である役場西側の広場へ向けて、いざ出発であります!




(次回に続く)



2016年11月23日 (水)

響き渡る河内の空に…17台の曳き唄①


11月23日を『魔の水曜日』などと呼び、この日に南海トラフ地震が来るのではないか?・・・
と、ネット上ではまことしやかに叫ばれていましたが、往々にしてそういう予言が先行する場合、必ずと言って良いほど当たりませんわな。


で、大災害の後に、『実はあれは予言されていた!』・・・


アホかっちゅーねん!

そんなモンが当たるんなら、地震予知はもっと楽なんじゃ。

東日本大地震が本当に予言出来てたんなら、もっとたくさんの命を救えたんじゃないのか?
後付けでなら、何でも言えるワイ!




ブログ本題に入りますよ。



『だんじり in 大阪城』の話題で引っ張りましたんで、その後になってしまいました、こちらのイベント。

233


河南町の、町制施行60周年を記念しただんじり曳行です。

11月13日(日)に行われたこのイベントは、河南町全域から17台のだんじりが参加し、各町とも盛んに『曳き唄』を披露して、大変盛り上がりました。

232

今週はこの催しの模様をお届けして行きます。


『だんじり in 大阪城』が毎年11月の恒例行事となって以来、その年の大規模な『だんじり行事』の最後を飾るのは『だんじり in 大阪城』である様な印象がありますが、今年はその一週間後に、またとない『だんじり行事』が控えておりました。

それがこの『河南町60周年記念』でした。

234


現在、曳行休止中の持尾のだんじりを除く、河南町17台のだんじりが役場前に集まり、パレードを行うという、なかなか見れない機会であります。


とはいえ、河南町をはじめとする南河内の秋祭では、建水分神社の御神幸が行われる『比叡の前(へのま)』と呼ばれるお旅所には、富田林市、河南町、千早赤阪村から総勢20台近い数のだんじりが揃いし、しかもその大半が河南町のだんじりですので、17台という数字だけ見てもピンと来ない方もおありかも知れませんが・・・

235


河南町全域のだんじりが揃い踏みするとなると、『比叡の前』に来ないだんじりも含まれるという事で、その辺が今回のポイントとなるのです。

239



ではでは、1台1台のだんじりを鑑賞する前に、例によって河南町の歴史を軽く紐解いてみましょう。

もとは南河内一帯というのは歴史深い土地であり、古市古墳群はモチロン、古代道とも言える『竹内街道』と、高野山への参道の中で最も東側を走る『東高野街道』も南河内を通る道です。

現在の千早赤阪村となる地域は南北朝時代に楠木正成が城を築いた場所として知られ、現在の河南町の東の端に当たる持尾、平石にもそれぞれ赤坂城の支城があり、現在も旧跡として残されています。

240


祭礼文化的にも南河内一帯は『曳き唄』を中心とした曳行形態が主流で、それは富田林から河南町、千早赤阪まで共通しています。

242

自治体としての河南町は、昭和31年(1956年)に、石川村、白木村、河内村、中村が合併して発足しましたが、文化圏的には隣接する市町村と明確な境界線がある訳ではなく、氏神様もその大半は千早赤阪の建水分神社で、白木にはその遥拝所があります。

236_2


さぁそんな河南町の60周年を記念しただんじり曳行の様子、次回からタップリお届けして参りましょうかね。




(次回に続く)



2016年11月18日 (金)

あまりに巨大なだんじりイベント、その歴史を追う…④



先週から前回までにかけて、『だんじり in 大阪城』の草創から繁栄までを振り返ってきました。

それを踏まえ、ようやく今年のお話へと繋がって行きます。



平成28年!・・・


昨年よりさらに5台を増やし、30台で開催する予定が、さらに1台増えて31台での開催となったのです。

220


そして日程は11月3日が週の真ん中に来てしまった事を踏まえ、11月5日・6日の土日開催となりました。


初日は例によって、レギュラー化した14台に生野区の片江と旭区の赤川を加え、16台での曳行と競演。

221


この初日の内容に関しては特に目立った変更はなく、夜明け前から続々と各町のだんじりが運び込まれ、午前中は森ノ宮の噴水までを曳行

222


お昼前には会場である『太陽の広場』に揃い踏みし、半分ずつに分かれてのパフォーマンスを繰り広げ、会場を大いに盛り上げました。

223


絶好の秋晴れに気温もそこそこ上がり、過ごしやすい気候の中を重なり合って動くだんじりの姿に、このイベントの醍醐味を味わうことが出来たと思います。



さぁさぁそして翌日!


この日も真夜中から夜明け頃にかけて、15台のだんじりが運び込まれて来ます。

224

今年の目玉は、この15台の中に今年完成した新調だんじりが3台含まれている事でした。


その中でも、大東市の御領『北河内型』の巨大だんじり。

225

その搬入も特注のトレーラーにて運ばれ、朝靄の大阪城公園にそびえるシルエットに、ジョギングで通りかかる人も思わず何が来たのかと驚いております。


さらに昨年の『だんじり in 大阪城』で先代だんじりのお別れ曳行を行なった大東市の西諸福が、今年は新調だんじりでの参加

227

そして、今年の数ある新調だんじりの中でもひときわ異彩を放つ、守口市の南寺方のだんじりも運び込まれて来ました。

228


今年は泉州における『岸和田型』の新調だんじりが和泉市の桑原町のみでしたが、それ以外の地域の『上地車』が数多く新調されました。

その中の3台が一同に集められるなど、普通なら考えられない事でありましょう。

さらに泉州は堺市から、津久野地区宮山のだんじりが参加し、泉州式の曳行と雰囲気でかなりの盛り上がりを見せてくれた事も、今年の特筆すべき事柄であります。

229



この日、大阪城公園にて一同に会した31台ものだんじりには、各町それぞれの側面があり、それを1台1台紐解きながら見て行くのも、また一興であります。


また31台ものだんじりを集めて開催された事で、この『だんじり in 大阪城』は『だんじり行事』としては最大規模に膨れ上がりました。

230


これを事故なく成功に導いた運営各部署の皆さんの尽力と、それに協力した31台各町の関係者の皆さん、それぞれにお疲れ様でしたと申し上げたいと思います。


そしてあまりにも巨大なイベント故、切り口を変えて書き綴りたい事も多々ありますので、またこの話題は、ケータイサイト『だんじり』の方でも展開して参る所存です。

そちらの方のブログも、どうぞお楽しみに!

231



では、2週にわたりお届けしてきた『だんじり in 大阪城』の話題は、一旦ここで置きたいと思います。


2016年11月16日 (水)

あまりに巨大なだんじりイベント、その歴史を追う…③

 


今年31台ものだんじりが集結し、『だんじり行事』としては最大規模にまで膨らんだ『だんじin 大阪城』について、ここまでの規模に成長した足跡を振り返っています。



えーと、先週は・・・

どこまで行きましたっけ?



あ、平成26年(2014年)に20台が集結したところまでお話しましたね。

219


この平成26年は『大坂の陣400年』と題して様々な催しが行われていた年でもあり、それに含める形で20台が極楽橋まで曳行し、『だんじり in 大阪城』としては一つの完成形を見た年でした。



翌、平成27年(2015年)は、さらに5台を増やし、25台のだんじりが参加する事になりました。

96


この『だんじり in 大阪城』というイベントは、基本的に11月3日の祝日を開催日としていて、2日間開催となった前年は11月2日が日曜日であった事を利用して連休開催となりましたが、この年は11月1日が日曜日で、3日の祝日は火曜日という飛び石になった形で、間の月曜日も含めて3日間による開催となりました。

97


なぜ11月3日が開催日かと言うと、それは昭和20年まで遡ります。

終戦を迎えたこの年、戦後の復興祭に当時の大阪中のだんじりが集まり、大阪城から御堂筋を練り歩いたとされていますが、その日にちが、11月3日だったのだそうです。

その『戦後の復興祭』の再現・・・という側面もあって、11月3日の開催なのだそうです。


という訳でこの平成27年(2015年)は11月1日~3日の開催となりました。

初日は例によってレギュラー化した14台による曳行と競演、そして平日となった11月2日(月)は、イベントとしては開催され、ステージプログラムの中でのだんじり囃子と、各町だんじりによるお囃子の競演が行われました。

86


そしてその翌日の11月3日・・・


新たに11台のだんじりが追加参加して、25台のだんじりが大阪城公園に揃い踏みしました。

その中には平野区から2台、そして福島区の海老江からも参加があり、これで大阪市内の主立っただんじりが勢ぞろいするに至ったのです。

95

しかしこの年は、極楽橋手前にある西の丸庭園にて別の催し物があり、お囃子を鳴らしての通行が出来ないとの理由で、極楽橋までの曳行は実現しませんでした。


しかし25台ものだんじりによる連合曳きと、最後を飾る会場内の直線ダッシュはなかなかの盛り上がりを見せ、いよいよ翌年、30台を集める今年へと繋がって行くのであります。

104




(次回に続く)



2016年11月11日 (金)

あまりに巨大なだんじりイベント、その歴史を追う…②

 


平成23年の大阪城天守閣復興80周年を祝して、城東区のだんじりが豊国神社まで大挙して曳行したことに端を発し、その翌年(平成24年)に始まった『だんじり in 大阪城』。

210


城東区の10台から始まったイベントはその翌年(平成25年)から、発展と変貌を遂げて行きます。


『毎年5台ずつ参加台数を増やす』

これをスローガンに掲げて、本当に毎年5台ずつ参加台数を増やして来たのです。

その増加路線に最初に手を挙げたのが、生野区中川、岡、東大阪市は布施地区岸田堂、横沼、そして鶴見区今津でした。

211


この5台が加わることで新しい風が吹き込まれ、確かに『だんじり in 大阪城』は、前年とは違った盛り上がりを見せました。

この年参加した5台と城東区の各町とは、もともと色々な個人同士で交流があり、お互いのだんじりに参加し合ったり、お囃子の会を結成したりといった繋がりを持っていました。

212

それらのだんじりが一同に集結した事で、普段は一緒に祭をする事のない各町が、この時ばかりは町同士の垣根を越えて、複数のだんじりを舞台にお囃子の競演を繰り広げました。

213 

この流れが一気に開花したのが、翌年の平成26年であります。


この年はさらに5台を増やし20台の参加となったのですが、日程が連休を利用して2日間となり、その初日は昨年と同じ顔ぶれの14台(今津を除く)の参加となりました。

214_2

メイン会場となる『太陽の広場』には、だんじりを一泊させるための巨大なテントが設営され、その前で各町のお囃子競演は夜の帳が下りるまで繰り広げられました。

215


提灯に点灯し、遠くにライトアップされる天守閣との美しいコラボも見られたこの日、ようやくテントに各町のだんじりが収まったその風景は、まるで『だんじり博物館』の様でもありました。

216

 


またこの年は『大阪冬の陣』からちょうど400年という節目の年にあたり、大阪城全体で様々な催し物も開催されていて、『だんじり in 大阪城』もその中の目玉と位置付けられたのです。


二日間にわたり開催されたこの年の『だんじり in 大阪城』の二日目は、初日から参加している14台に加えて6台が追加参加し、20台のだんじりが集結。

217


内濠に架かる極楽橋前の広場に、20台のだんじりがV字型に2列に並べられた風景はまさに壮観であり、夕闇迫る秋空のもと、真近に臨む天守閣とだんじりとのコラボは、美しいという言葉しか思いつかない程でした。

219



さて!



この続きは来週に持ち越しまして、いよいよ今年に繋がるお話へと進めてまいりましょう。



(次回に続く)


2016年11月 9日 (水)

あまりに巨大なだんじりイベント、その歴史を追う…①



幸か不幸か、アメリカ大統領がトランプ氏に決定しましたよ。

現行政治の延長線であるクリントン氏よりも、イチかバチかの変革を求めざるを得ないぐらい、アメリカの内政はどうにもならない所まで来てたんでありましょうか?

いずれにせよ、日本に対しては安全保障の面などで必ず負担を強いてくるはずなので、日本としては腹を括る必要がありそうです。



さて、そんな遠い国の情勢も気にしつつ、ここでは『だんじり』について語りましょう。


今年も行われた『だんじり in 大阪城』について綴って参りましょうかね。

203


今から4年前、平成24年に始まった『だんじり in 大阪城』は、大阪市の城東聯合のだんじり10台から始まったイベントでした。

それが毎年5台ずつ参加台数を増やし今年ついに30台を越える、31台ものだんじりを集めることに成功しました。

そして地域も曳行方法も異なる中で、これだけのだんじりを集めて、一切の事故もトラブルもなく、多少の時間押しはあったにせよ、予定通りにイベントを終了させたことは、賞賛に値します。

204


ワタクシ自身もこのイベントには当初から枝葉末席で関連があり、その一部始終を見ているのですが、運営に携わる皆さんの連携とご苦労は大変なもので、その様子を見ているだけで頭が下がる思いです。


では、この『だんじり in 大阪城』が、どのようにして発展を遂げて来たか、ちょっと振り返ってみましょう。



平成23年(2011年)11月・・・


城東区のだんじり11台が、大阪城の天守閣が復興80周年にあたるのを祝して、城東区から大阪城まで祝賀曳行を行いました。

目的地は大阪城の天守閣を真近に臨み、豊臣秀吉を祀っている『豊国神社』でした。

205


城東区を出発した11台に及ぶだんじりの列が、JR大阪環状線のアンダーパスをくぐり、OBPを抜け、新鴫野橋から大阪城公園へと参入しました。

やがてその列は京橋口から内濠へと入り、梅林公園の急坂を駆け上がって豊国神社へと辿り着いたのです。

206


10台を越すだんじりが大阪城公園内を曳行するのは、昭和の終わりに開かれた『大阪城博覧会』の時以来かと思われ、平成に入ってからは初めての事でありました。

207


この実績が、『だんじり in 大阪城』への布石となります。


翌年、再び城東区のだんじりが大阪城公園へ集まり、『だんじり in 大阪城』と銘打たれた第1回目の開催となったのです。

208


とは言え、前年に11台ものだんじりが大阪城内を曳行した事への影響もあり、様々な規制が生まれたことも事実で、もう梅林公園の急坂は曳行されず、だんじりは坂の手前の極楽橋前の広場に集合するにとどまりました。

209


そしてこの翌年から、『だんじり in 大阪城』は、発展と変貌を遂げて行くのであります。




(次回に続く)



2016年11月 4日 (金)

写真で振り返る『福泉連合パレード』②





前回から引き続き、堺市は草部地区と菱木地区とが合同で行う『福泉連合パレード』の様子を、写真とともに振り返っております。

201

堺市内の各地区も祭礼、泉州各地区は試験曳きを迎えた10月2日(日)・・・

1年の中でもとりわけ多くのだんじりが出番を迎えているこの日の午後、遣り廻しの名所となる『ENEOS前』の交差点に、10台のだんじりが向き合って待機しています。

188

草部地区からは原田、萬崎、太井、馬場に山田を加えた5台に、菱木地区からは白木、菱木東、菱木奥、菱木南、太平寺の5台。

189



今年は原田を先頭にパレードがスタート。

192


原田は岸和田市の尾生町、そして南上町の先代だんじりで、もとは明治13年岸和田の宮本町が新調したもの。

193


こうして草部地区と菱木地区が双方から相まみえる『福泉連合』は、特徴として古い岸和田型のだんじりと平成に入ってから新調されただんじりとが入り混じり、そこに『上地車』も加わり、バリエーションに富んだだんじりが一度に見られるという利点があります。


こちらは岸和田市の春木本町の先代だんじりに当たる白木のだんじり。

194

これも明治13年岸和田の小寺(現在の上町にあたる)にて新調された年代物のだんじりで、奇しくも隣町の宮本町にて新調された原田のだんじりと、交差点を挟んで向かい合うといった場面が見られるのです。


もう1台ありますよ。

こちら太井のだんじりは大正11年に岸和田の五軒屋町が新調し、同町が現だんじりを新調する平成10年の前年まで五軒屋町のだんじりとして活躍していたもの。

196


年代こそ違えど、かつては岸和田の『宮三町』で曳かれていただんじりが一同に集まる・・・

この『福泉連合パレード』は、そういう場でもあるのです。

太平寺のだんじりは大正10年に貝塚市の橋本が新調し、同町の現だんじり新調に伴い平成22年に太平寺が購入しました。

198


こちら菱木奥のだんじりは、昭和7年に泉大津市・板原が新調した同町の先代だんじりですが、昨年の改修でその面影は薄くなりました。

199


そしてこちら菱木東のだんじりは同じ堺市は八田荘地区の平岡町の先代で、昭和6年に岸和田の阿間河瀧町にて新調されたもの。

200


こうして見てみると、様々な変遷を遂げながら長い年月を現役で活躍してきただんじりが、縁あってこうして一同に集まっている事を実感します。


各町の豪快な遣り廻しの中に、それぞれの歴史あり。

202




今回は堺市の『福泉連合パレード』をご紹介しました。


ではまた・・・


2016年11月 2日 (水)

写真で振り返る『福泉連合パレード』①

 


この秋祭シーズンから、色々なだんじり祭の風景を写真でご紹介しながら、その概要などをお話していますが・・・

182


ちょっと前まで堺市内の祭礼風景を連載で書いて来たので、次は『泉州十月祭礼』のことを書くんだろう?…という憶測が飛び交ってたみたいですが・・・


スイマセンねぇ、今回も堺市内なんですよ・・・

入ってくるお写真によって内容を考えておりますのでね・・・




今回は、草部地区と菱木地区が合同で行う、『福泉連合パレード』の模様をご紹介しましょうかね?

184 

堺市内の各地区は、例えば鳳、八田荘、津久野、深井、久世、上神谷など、それぞれに地区分けがされており、基本的にはその地区ごとに祭礼の運営が行われていますが、試験曳きや祭礼日などの中で、ある一定の時間帯によっては、近隣の地区との合同でパレードを行なったりする時があります。

183


例えば八田荘地区と鳳地区の『旧・Dot前交流会』や、八田荘地区と津久野地区の交流会、上神谷地区と美福連合の『南堺連合パレード』など、その日時も形態も様々ですが・・・


今回ご紹介する『福泉連合パレード』も、そんな一つでありましょう。



10月2日(日)・・・


この日は堺市内の各地区で祭礼が行われていた他、『泉州十月祭礼』の多くの地区では試験曳きが行われていた日でありますが・・・

その日の午後1時を前に、この写真の場所、草部地区の主要曳行コースとなる『ENEOS前』の交差点に、各町のだんじりが集合して来ます。

186

 

パレード本番を前に、まずは草部地区による『カラ1周』により、萬崎のだんじりが交差点の西側に回ります。


185
やがて菱木地区のだんじりがやって来て、交差点を挟んで5台ずつのだんじりが向かい合うように並び、この風景を見ると、これから始まる各町の遣り廻しの共演への期待が、否応なしに高まります。

187 


だんじりに限らずイベント事は皆そうですが、この『始まる前の緊張感』が、その醍醐味である事に気づきますね。

190



さて次回は、パレード本番の様子を写真で振り返りながら、この地区の特徴などをお話して参りましょうかね・・・



(次回に続く)