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2017年3月 3日 (金)

春まだ遠き、浅き夢見し…②




今年の冬は長いです。
カレンダーはもう3月を迎えていますが、目立った『だんじり行事』はまだ今月の後半から。

春まだ遠きオフシーズンに、色々なだんじりを拝見させて頂いております。



前回は2月12日(日)に拝見した2台のだんじりをご紹介しましたが、今回は2月26日(日)のこと。


場所は大阪市生野区の東側。

清見原神社の氏地である腹見、大友、片江のだんじりを拝見させて頂きました。

まずは姿見比べ。

447 ↑ 腹見です。

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↑ 大友です。

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↑ 片江です。


生野区・清見原神社の祭礼と言えば、はやり『名地車』との誉れ高い中川のだんじりにどうしても注目が集まりますが、こちら3台のだんじりも、なかなかどうして年代物で、味わい深い雰囲気を持っています。

最近流行りの言葉で称するなら
『名・バイプレイヤーズ』
とでも言うんですかね~?

どれが大杉漣さんで、どれが寺島進さんで、どれが遠藤憲一さんかは各々で判断して下さいよ。

まぁそんな冗談は置いといて、まずは腹見のだんじりから見て行きましょか。

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この3台のだんじりは、いずれも明治期の製作されていますが、中でも腹見のだんじりは製作年代が特定されていないながら、おそらくこの3台の中では最も古いだんじりではないでしょうが?

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この日、だんじりを取り囲ませてもらった我々『見学チーム』としては、普段の祭礼では見られない『お目当ての彫物』がありました。

果たしてそれは??・・・



続いて拝見させて頂いたのが、清見原神社の境内に小屋のある大友のだんじり

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明治42年に、周辺各村の村社がここ清見原神社に合祀された事で、中川、片江、腹見、そして当時だんじりを有していた大瀬の各村は、清見原神社の祭礼としてだんじりを曳くようになります。

ここ大友のだんじりは明治34年の製作とされていますが、平成14年に岸和田の《池内工務店》により大修復がなされ、その姿見や彫物が大きく変化しています。

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見学させて頂いた時には、大友清友会の皆さまのご配慮で、その修復前の彫物を!?・・・



そして最後にお邪魔させて頂いたのが片江のだんじり

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こちらも明治30年製作とされるだんじりで、住吉の《大佐》の手によるだんじり

平成元年に八尾の川井工務店(現在は廃業)にて修復していますが、修復前は典型的な《大佐》型のだんじりと呼ばれていました。


こうして矢継ぎ早に各だんじりを振り返ると、まだまだ勉強不足のワタクシにとっては願ってもない学習のチャンス。


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特に清見原氏地の3台のだんじりなどは、ワタクシ的には幼少期から馴染みのあるだんじりなのですが、それでもこうしてじっくり鑑賞させて頂くと、今まで気づかなかった事も多々あり、『ちゃんと見てないなぁ』って思わされる事ばかりです。

それら詳しい事は、ケータイサイト『だんじり』のブログにて現在進行形で執筆中!

まだケータイサイトをご登録されておられないユーザーの皆さん、良かったらこの期にご登録あそばせ。

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最後になりましたが、今回お世話頂きました、善根寺、今津、腹見、大友、片江、各だんじり保存会、青年団、青年会の皆様、貴重な機会をありがとうございました。
 

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